1:かゆみはいつから

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「かゆい」という感覚はいつから芽生えるのだろう

 赤ちゃんは生後1か月くらいで自分の手で顔などにひっかき傷をつくったりします。これが単に手が当たってしまって傷になったものなのか、そこがかゆくて掻いたものなのかは、言葉が話せない赤ちゃんには尋ねることができないので、私たちは知る事が出来ません。しかし、痒みを感じるところを掻くという行動は「ひっかき反射」という反射反応のひとつで、私たちは意図せず行っていることがあります。このような反射反応による行動は、私たちの体に備わった本能的なものなので、赤ちゃんでも行える可能性はあります。
 「かゆいから掻く」ということが赤ちゃんの頃からできることなら、かゆみとは私たちにとって実になじみ深い、根源的な感覚のひとつだと言えますね。

起源は「異物を取り除く」という防御行動

 反射反応には引っかき反射以外にも様々なものがありますが、その多くは長い生物進化の過程のなかで生存に有利に働いた行動であったために、脳に刻まれてきたものだと考えられています。しかし、掻くという行為は反射反応として組み込まなければならないほど、私たちにとって重要なことなのでしょうか。
 生物はみな生きる環境に適応することで生命を維持する道を開拓してきました。この適応というのは、その場や状況に合わせる、という意味もありますが、利用できるものは利用して、上手に有利に生きることに活かす、ということでもあります。したたかに生きてきた生物は、自らの生存戦略に他の生物を利用することがよくあります。他の生物を食べて栄養として摂り込む行為がその最たる例ですが、それ以外にも他の生物の生き方に便乗する、という方法もあります。ミツバチに花粉を付けて運んでもらう草花、動物の毛にくっつきやすい実を放って生息域を拡大する植物などがその例として挙げられるでしょう。しかし、もっとえげつないやり方で利用しようとするもの、たとえば命を奪ったり、寄生して弱らせたりするものも少なくありません。蚊のような昆虫をはじめ、病気のもととなるウィルスや細菌もそうです。体にくっついてくるものの中には、小さくても命を脅かす存在が潜んでいることがよくあるのです。有害なものか無害なものかを判断する前に、さっさと取り去ってしまっておいたほうが命を守る上で有利に働き、それがひっかき反射の起源となったと考えられています。

<さまざまなかゆみ>

私たちが日常感じやすいかゆみには以下のようなものがあります。

1:虫さされなど、毒性物質に対するアレルギー反応としてのかゆみ
2:皮膚が乾燥したり、擦れたりして、神経線維がその刺激を拾うことによるかゆみ
3:汗の成分が皮膚表面や皮膚組織内に作用して起こるかゆみ
4:月経前に、自律神経や免疫系が反応しておこるかゆみ
5:ヒスタミンを摂りこむことで起きるかゆみ
6:アルコールを分解してできたアルデヒドをさらに分解できないことによるかゆみ
7:リラックス時に副交感神経が優位になっておこるかゆみ
8:興奮時など、交感神経が優位になっておこるかゆみ
9:入浴時のかゆみ
10:入眠時のかゆみ

参考
日東書院「図解 がまんできない! 皮膚のかゆみを解消する正しい知識とスキンケア」
著者: 小林 美咲

かゆいところを掻くと快感を感じる

 ところで、かゆいところがある時に、そこを掻けないと私たちは大変な不快感を感じます。この不快感の大きさは、すなわち、引っ掻くことを導いている「欲求」(1)、つまり「掻きたい」という気持ちの強さでもあります。反射反応がたどる脳や神経の経路には、私たちの意思や思考を差し挟む余地はほとんどないので、たいていはこの「掻きたい」という欲求の存在を私たち自身が認識する前に、手はかゆいところに向かっています。
 この欲求というのは脳が体の健康を維持したり、危険を回避したりするために発しているもので、様々な指令となって各部に伝わり、欲求を実現あるいは解消させるための行動を導きます。脳で発生した欲求が行動に結びつくには実に複雑なプロセスをたどるのですが、その過程は瞬時のうちに完了し、私たちが脳の求めにいちいち応じなくても無意識のうちに操られ、体は環境に合わせるようにコントロールされています。
 しかし、自ら手足を持たない脳が、神経や筋肉を介して肉体を操ることは実はとても大変なことです。そんな大変なことを常に行おうとしている脳は、目的が果たされると「ドーパミン」という物質を自分自身に与え、次に欲求が発生したときに、より円滑に神経伝達ができるよう、育てるしくみを持っています。皮膚を掻いているときも、欲求が果たされたときの脳の反応が見られ、脳内でドーパミンが分泌されていることがわかっています。
 このドーパミン、実は快楽ホルモンとも呼ばれる脳内ホルモンのひとつで、脳内の快感を司る回路「報酬系」に作用します。報酬系が刺激されると、幸福感や達成感といった私たちが「喜び」とする感覚が惹起されるといいます。皮膚を掻いているとき、ドーパミンが分泌されていることが確認されていますが、同時に報酬系が活発に活動していることも確認されています。つまり、皮膚を掻くとき、私たちは無意識のうちに心地よさ、気持ちよさを感じているのです。 (2)
 快感を伴う行動は習慣化してしまいやすいとされています。実際、掻くという行為はクセになりやすいとされ、繰り返すうちに、かゆくもないのに皮膚を掻くような行為が習慣化してしまうことも多くあります。危険な異物をすばやく取り去る、という重要な意味を持っていた「掻く」という行為ですが、反面、過剰に行ってしまいやすいという側面も持っている、と言えます。
参考文献
(1)望月秀紀、柿木隆介「痒みの脳内認知機構」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/30/1/30_53/_pdf

(2) 日東書院本社 小林 美咲 著「図解 がまんできない! 皮膚のかゆみを解消する正しい知識とスキンケア」