1:痒みセンサーと角質層

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掻くのは気持ちいいが、拡大すると厄介者

 皮膚を掻く行為はクセになりやすく、また掻くことで痒みは強くなっていきます。しかし、それによって生活にとくに支障がなければ、私たちはたいして苦痛に感じないかもしれません。しかし、痒みが繰り返し起きたり、じっとしていなければならない場でも出るようになると、それを防ぐ方法を考えなければならなくなります。あるいは、掻きすぎて皮膚が痛みや赤みを帯びるようになってきたら、 いよいよきちんと対処する必要が出てきます。

傷は修復されても皮膚のかゆみ感度は高い状態に

 前章でご紹介したように、掻破が繰り返されると、その場所では感覚神経の線維がのび、傷口となった場所付近に痒みセンサーが多く配置されるようになります。引っ掻いて出来た皮膚の傷は修復されても、伸びた神経とセンサーはそのまま定着します。ですから、やがて傷が塞がって、一見、元通りの皮膚になったように見えても、その内側では掻破される前とは異なった状態、かゆみセンサーがより外側に近くなって刺激を拾いやすい状態へと変わっているわけです。
 強い痒みが同じ場所で起きるようになった場合、それまでその場所が何度となく掻かれてきた場所であれば、その部分ではちょっとした刺激をかゆみとして拾いやすい状態になっている可能性があります。

体を守る城壁 角質層

 痒みをキャッチしやすい皮膚では、かゆみのセンサーが外側に対して角質層ひとつを隔てただけの位置にまで近づいていることがあります。皮膚は大きく2つの層、真皮層と表皮層にわけられ、表皮層が外側にあります。さらに表皮層は外側から、角質層、顆粒層、有棘層、基底層に分けられ、角質層が皮膚組織のなかで最も外側の層となります。いくつもの層で構成される皮膚組織のなかで、わずか一つの層で外側と隔てたところにまで神経が伸びているというのは、本来よりもかなり敏感な状態になっていると言えます。まさに角質層は体の内と外を隔てる最後の城壁といったところでしょう。この城壁に穴や隙間が開いていれば外からの刺激がダイレクトにセンサーに届くことになり、とたんにかゆみが発生することになります。敏感肌において角質層をいかに隙間なく保つかが過剰なかゆみを防ぐポイントになります。

角質層の構成成分

 ではこの角質層について少し詳しく見てみましょう。角質層は基本的には死んだ細胞でできた、いわば皮膚を守るための皮膚、といったもので、下層の組織の水分保持をするのが主な役目です。
 死んだ細胞はケラチンという丈夫な蛋白質でできていて、多少の水分を捕まえていられる構造をしています。これらの細胞の隙間を埋めるように細胞間脂質や天然保湿成分などという成分が混ざり合ったものが存在し、これらは油分と水分でできています。
 角質層を構成するこれらの成分の関係はよくレンガとモルタルに例えられます。ケラチンを主成分とした死んだ細胞をレンガとすると、その隙間を埋める細胞間脂質や天然保湿成分などがモルタルです。レンガとモルタルがしっかり隙間なく積み重なっていれば、外からの刺激がダイレクトにセンサーに届くことを妨げることができるのです。

角質層が弱くなる理由

 角質層がしっかりしていればかゆみの発生はかなり防げると考えられています。しかし、時として角質層は年齢や環境などにより比較的簡単にもろく弱いものになってしまいます。この原因は、そもそも構成している細胞が「死んでいる」ことに他なりません。 
 角質層の死んだ細胞は角層細胞というもので、細胞と呼ばれてはいますが既に核を失っていて細胞活動はしていません。角層細胞は核を失う前はもともとケラチノサイトという細胞でした。ケラチノサイトは、表皮層の一番下にある基底細胞という幹細胞から生み出され、核を持ち、細胞活動を行う生きた細胞でした。この生きている細胞だったときの活動で角質層に必要な様々な物質の元になるものを産生していたのです。しかし、生きた細胞の活動というのはそのときに与えられる栄養や酸素などの必要条件が十分充たされているかによっても左右されます。環境や老化あるいは心理的な面などからストレスを受けた状態だと新しい細胞の誕生を促すホルモンが減少したり、皮膚組織近くに流れる血流が細くなり栄養や酸素が届きにくくなります。すると、新しい細胞の産生や細胞活動が円滑に行われなくなり、皮膚に必要な成分の生成が少なくなってしまいます。結果、角質層の構成成分に影響が出てしまうということになるのです。
 ケラチノサイトは誕生以降、次々新しく生み出される細胞に押し出されるようにして基底層、有棘層、顆粒層を経ながら成熟、最終的にケラチンを大量に含んだ角層細胞へと変化し、角質層へと到達します。角質層の角層細胞も多少の成分生成は行いますが、基本的にはその下にあったケラチノサイトが生み出したものが元になって角質層を構成します。内部の皮膚細胞の活動いかんで角質層はもろく弱くなってしまう可能性があるのです。

角質層を丈夫にするには

 角質層の構成成分が十分にあると、本来の役割である内部の水分保持機能がきちんと果たされることになります。また角質層自体も水分を保持し、隙間のない壁となることができます。
 しかし、角質層成分が充分でないと角質層の保水力は低下し、隙間ができやすくなります。皮膚内部の水分が失われやすくなり、また角質層のそばにあるセンサーも常に外からの刺激にさらされることになります。ちょっとした刺激でも強い痒みとして感じられたり、またその範囲も拡大しやすくなるため、できるだけ早く改善する必要があります。
 このようなときに、まず行いたいのがスキンケアによる角質層への水分補給です。必要な成分が不足した角質層では単に水分を与えてもすぐに蒸散してしまいます。そこで、スキンケアによって角質層に長く水分を保持させられるもの、たとえば油分やグリセリンなどを水分と一緒に補うことで角質層の水分量を上げるようにするのです。
 また角質層の上には、汗腺や皮脂腺から分泌された汗や皮脂が薄く広がっていて、それを皮膚の上にいる皮膚常在菌が代謝し作られる皮脂膜という見えないヴェールも存在しています。皮脂膜は正確に言えば、角質層とは別のものですが角質層の保湿を考えれば重要な要素です。
 スキンケアでは、角質層や皮脂膜の成分をできるだけ本来の量になるよう調整しながら水分量を増やすことを目指します。

優れた保湿成分がたくさん開発されている

 現在、スキンケア商品はとても多く製造されていて、ドラッグストアに行くと、実にたくさんの種類があります。値段も様々ですが、よく見るとその成分は様々です。
 スキンケア商品は主に水分を主体とした化粧水やローションと、油分を主体とした乳液やクリームなどがありますが、それ以外にもさまざま新成分が開発され、各個人の肌の悩みや要望に応えられるよう商品数も多くなっているのです。自分の肌質に合いそうなものを見つけたら、まずは少量を使ってみて、使用感を試してみましょう。もし、自分の肌質に合うものが見つかったら毎日こまめにスキンケアをし角質の水分が保たれるようにします。角質が潤って簡単に刺激を通さないようになれば痒みがかなり抑えられるはずです。

【Column】スキンケアはできるだけ簡素に

 スキンケア商品は食品のように消耗品なので買いやすく、売るほうにとっても売りやすい商品といえます。スキンケアの成分は基本的なものならばとても安価なので、メーカーは様々な機能を追加してユーザーの興味を引こうと努力しています。ものによっては機能よりも商品の品位づくりに重きを置いて、高額な商品ラインナップを展開しているものもあります。しかし、スキンケアが本来行うこと、そしてできることのほとんどは角質の水分をいかに多くし長く保つかなので、あまりにも高額なスキンケア商品は目的以上のお金をメーカーに支払っていることになります。
 アメリカの皮膚科学会はホームページで、「予算に応じたスキンケア」を呼びかけ、メーカーの謳い文句にふりまわされず、自分に必要なスキンケア商品を選ぶよう呼びかけています。