2:センサーを刺激する物質

センサーが“刺激”として捉える物質がある

 角質層のケアをすることで外部から受ける刺激をかなり軽減させることができる一方、もう一つ忘れてはならないものがあります。それは、前章でご紹介した神経伝達物質のような分子による刺激です。センサーはこういった分子を捉え、その化学的な構造から刺激を受けるしくみも持っているのです。私たちは、様々なかゆみを感じますが、実は同じかゆみでも働いている分子が異なっていることがあります。

「かゆみ」を起こす分子を知ろう

かゆみを起こす体内の分子にはいくつかの種類があります。
炎症を起こす「ヒスタミン」「プロテアーゼ」そして神経を刺激する「サブスタンスP」、さらにオピオイドペプチドのひとつ「βエンドルフィン」などです。

<アミン類>
ヒスタミン、セロトニン

<脂質>
プロスタグランディン類、ロイコトリエン類、血小板活性因子

<タンパク、ペプチド>
プロテアーゼ:トリプターゼ、カリクレイン など
サイトカイン:IL-2、IL-31、TNF-α など
タキキニン:サブスタンスP、CGRP、VIP など
オピオイド:βエンドルフィン、エンケファリン など

参考:日本顕微鏡学会「アトピー性皮膚炎と皮膚感覚受容器」
(http://microscopy.or.jp/archive/magazine/46_4/pdf/46-4-233.pdf)


これらは、伝わるルートによって「末梢性」と「中枢性」に分けられます。
上記のうち、とくに代表的な4つを分類してみましょう。

【末梢性のかゆみ】
ヒスタミン(皮膚組織の肥満細胞から放出)
プロテアーゼ(皮膚組織の肥満細胞から放出)
神経ペプチド(サブスタンスP)(皮膚組織の神経末端から放出)

【中枢性のかゆみ】
βエンドルフィン(エンケファリン)(皮膚のケラチノサイトや脳下垂体で分泌)

これらの物質は、自由神経終末の受容体に結合し、知覚神経C線維を伝って、大脳皮質へと投射され、かゆみとして認識されます。

ストレスからかゆみがおきるのかも

ストレスを受けると脳はそれに対抗するために下記のような反応が次々に起こり、体の各部で対応するための体制がとられます。
このなかに、アトピーのかゆみに関わるとされるものがいくつも見受けられます。
たとえばβエンドルフィン、さらに交感神経が活性化です。
βエンドルフィンが多すぎたり、交感神経が過剰に働きすぎるとかゆみが発生します。

アトピーの痒みの発生にはストレスに対する脳の反応が過大すぎることが要因になっている可能性があります。

大脳皮質がストレスを感じ神経伝達物質を放出

視床下部がキャッチし、さらにCRH(副腎皮質刺激ホルモン)が分泌

これにより、脳下垂体と自律神経が発動、脳下垂体ではβエンドルフィンと、ACTHが分泌、自律神経では交感神経が刺激され、ノルアドレナリンが放出される。βエンドルフィンは血漿中に入り、体の各部の受容体へ

腎不全、肝不全でも中枢性のかゆみが発生する

βエンドルフィンは体の各部に存在するμ(ミュー)受容体にキャッチされ、その刺激が脳に伝わり痒みとなります。 さて、透析や腎不全、肝不全の患者の方のなかには耐えられないような全身の皮膚に痒みに苦しめられる人がいます。 原因は不明ですがμ受容体が優位となることで、このような痒みが生じると考えられ、時として痛みよりもQOLを低下させてしまうことがあります。中枢性のかゆみであるため、抗ヒスタミン剤や保湿剤は効かず、μ受容体と拮抗関係にあるκ受容体に結合するアゴニストであるナルフラフィン塩酸塩という薬を使用することでかゆみが治まります。アトピーでも中枢性のかゆみが強い場合には、この薬が有効であると考えられています。

代表的なかゆみ物質「ヒスタミン」の役割

センサーが反応する物質にはいくつかの種類がありますが、なかでも代表的なものが「ヒスタミン」という物質です。
 ヒスタミンは炎症を引き起こす物質で、肥満細胞(マスト細胞、顆粒細胞ともいう)という細胞のなかに格納されています。肥満細胞は体の様々な器官の組織に存在しますが、とくに皮膚組織には多く存在します。もともとは血液の細胞と同じ骨髄で生まれますが、血中へと放出されたあと体内を巡りながら様々な組織へと辿り着き、定着して炎症物質を格納した肥満細胞へと成熟していきます。肥満細胞は免疫のうえで、いわば火薬庫で、外敵の侵入経路になりやすい場所によく見られます。外敵の侵入を感知した神経細胞や免疫細胞から指令をうけるとヒスタミンを放出する機能があり、放出されたヒスタミンは周囲の血管を広げ、血管壁の透過性もあげて免疫細胞を呼ぶ働きをしたり、感覚神経を刺激して強い痒みを起こし、引っかき行動が惹起します。体の免疫の力を一気に呼び起こして、一刻も早く排除しようとしているのです。

かゆみ物質対策なら医薬品

 神経伝達物質やヒスタミンのように体内で生成された物質によるかゆみは角質層をケアしても発生します。角質層の破綻だけでなく、内部の免疫システムによる炎症まで発生している場合、もはやスキンケアだけではかゆみは治まりません。また、肥満細胞はヒスタミンのほかにも、ロイコトリエンなど複数の痒みを起こす物質を生成します。肥満細胞がこれらのかゆみ物質を放出しやすい状態にある場合、角質層へのスキンケアだけではかゆみや炎症はどんどん拡大していってしまいます。痒み物質の放出や働きを抑える医薬品を使ってみたり、皮膚科に受診してみるなど早めにケアを行いましょう。
下記にドラッグストアで手に入りやすい皮膚薬の代表的な成分名と働きをご紹介します。軽度の症状ならこういったものを使ってみるのもいいかもしれません。

<かゆみに対処する成分>

・抗ヒスタミン成分
(ヒスタミンがセンサーにキャッチされるのをブロックする)
 ジフェンヒドラミン塩酸塩など

・局所麻酔成分
(末梢神経細胞の刺激の発生と伝わりを抑える)
 リドカイン、ジブカインなど

・鎮痒成分
(かゆみを感じにくくする)
 クロタミトン

・冷感局所刺激成分
(かゆみの感覚を抑える冷感を加える)
 カンフル、メントールなど

スキンケアと痒み物質対策を続ければ痒みの感度を下げられる

 スキンケアによる肌への水分補給と、薬などによるかゆみ物質への対処をこまめに行えば、皮膚組織の新陳代謝に伴って、角質層近くまで伸びた神経繊維はしだいに本来の長さに戻り、痒みの閾値、つまり感じやすさも本来のレベルまで下げられていくと考えられています。自分にあったスキンケアと医薬品の力を借りて、かゆみに邪魔されない生活をキープすることが大切です。

まずは非ステロイド薬を、それでダメなら受診を

 一般的に、市販のかゆみ・炎症治療のための塗り薬は、大きく、ステロイド薬と非ステロイド薬に分けられます。 ステロイドとは、傷を治すときに、私たちの体内で生成されるホルモンと同じ成分で、大変よく効き、安全性も高いのですが、副作用が無くはありません。 ですから、選ぶ順番とすれば、まず非ステロイドの塗り薬から、ということになります。 非ステロイドのものにも、保湿メインのもの、抗ヒスタミンがメインのもの、過敏になった神経を鎮めるものなどがありますが、それらがかゆみの原因にきちんとヒットすれば十分効果があります。 非ステロイドで炎症やかゆみが治らない場合、その薬の成分では対応できない分子が患部で働いていることになります。 そこで、いよいよステロイド薬が選択の範疇に入ってきます。 ステロイド薬にもいろいろあって、ドラッグストアで簡単に購入できるものと、医療機関でしか購入できないものがありますが、私はステロイドが必要になった時点で、一度医師の診察を受けるべきだと考えています。 非ステロイド薬で手に負えない分子が炎症を起こしている場合、まれではありますが、その分子の発生源が皮膚ではない場合もあるからです。 かゆみをあなどってはいけないのです。