2:アトピー性皮膚炎を招く7つの要因
「免疫バランスの偏り」と「バリア機能の弱さ」を導く7つの要因
アトピー性皮膚炎の2大要素である「免疫バランスの偏り」と「バリア機能の弱さ」を導く要因としては、実に多くのものがあげられますが、大きく7つのカテゴリーに分けてとらえることができます。
まず一つは「遺伝的条件」、つまり生まれ持った体質です。 この要因を持っている場合、アトピー性皮膚炎へのなりやすさはもっていない人に比べて飛躍的に上がります。 主に、皮膚のバリア機能に不可欠な成分の生成異常や、炎症反応を起こしやすい免疫系、かゆみを感じやすい神経系を形成する遺伝的要因が例に挙げられます。遺伝的な条件のため、根本的に治療することはできません。しかし、生活に支障のないレベルまで知識や医療的な対処によってもっていくことで普通の生活ができるようにコントロールすることが大切です。
(参考:「アトピー性皮膚炎のかゆみのメカニズム」)
次に挙げる要因は「年齢」です。
遺伝的な体質に関係なく誰しもがアトピー症状を発症しやすい年齢的な時期があります。それは、生後すぐから小児期にあたります。 そもそも、子ども期は皮膚の保水力が弱く、そのため皮膚のバリア機能も大人に比べて弱く、皮膚の外からの刺激を受けやすくなっています。ちょっとした刺激が炎症を招くことはよくあります。 肌だけでなく臓器や腸管もまだ未熟で、食べ物の消化過程が不完全な状態になることがあります。また、必要な栄養物と有害なものとを区別する「経口免疫寛容」もまだ完全に獲得できていません。このため、食物アレルギーを起こしやすい状態にあり、その症状のひとつとして皮膚の炎症が起きることがあります。食物アレルギーによって始まった皮膚炎が皮膚の弱さも手伝ってアトピー性皮膚炎につながるケースがよく見られます。 小児期は内臓機能が発達してくるまで、消化吸収しやすい食べ物や調理方法など注意しながら与えてあげる必要があります。
次にあげる要因は「病気」。これには臓器の機能不全も含みます。
かゆみの発生源はかならずしも皮膚とは限らず、内臓疾患がある場合にも発せられるしくみがあることが確認されていて、アトピー性皮膚炎につながっているケースもあるのでは、と考えられています。とくに近年、言われるようになってきているのは糖尿病との関連です。糖尿病までいかなくても、膵臓の働きが落ちていたり、炎症がおきていると、やはりアトピー性皮膚炎を起こしやすくなる、とする臨床医もいます。また、副甲状腺の機能低下による皮膚炎もアトピー性皮膚炎とされる可能性があります。 健康診断などで副甲状腺機能が検査項目にある場合は、一度検査してみるといいかもしれません。
4つ目に挙げる要因は「ホルモン」です。ホルモンは免疫機能にも大きく関わっています。さきほど挙げた膵臓や副甲状腺もホルモンを分泌する臓器です。前述の「病気」や「年齢」といった要因とも密接に絡んでいますが、この後に挙げる自律神経とも深くつながっています。
5つ目の要因として挙げるのは「自律神経」です。自律神経は、身体のモード切替を司っている神経で、活動時、休息時のそれぞれに適したモードに体の各部の働きをコントロールします。このコントロールの上で、ホルモン分泌や他の神経系、免疫系とも密接に連絡しています。睡眠不足など生活リズムの崩れがあると乱れ、内臓や消化器官の活動を停滞させ、ホルモン分泌や免疫にも作用します。
精神状態とも連動していて強いストレスや緊張が体に影響を及ぼすとき、必ず介在しています。
皮膚のコンディションにも影響していて、アトピー性皮膚炎においても非常に注目されています。
6つめの要因は「食」です。ここには、食事としてどんな食物を摂っているか、ということだけでなく、消化吸収の過程が十分に行われているかについても含めます。
体に必要な栄養がきちんと賄われていないと、体の各器官、組織、細胞の新陳代謝が正常に行われません。栄養は、生きるためのもっともベーシックな部分、基盤となる要素ですから、ここに問題があると体内で行われる生合成回路のどこかに無理が生じることになり、さまざまな不調につながります。 皮膚形成に必要な栄養が足りなければ当然皮膚に問題が生じるわけで、これには栄養源となる食物を摂っているか、ということもありますが、栄養としてきちんと吸収できているかどうか、という点も含めて、アトピー性皮膚炎の原因になっていないか必ずチェックする必要があります。
また、近年の研究では、現代食にみられる、食物繊維の不足や日頃の食事の栄養バランスの偏りから、消化管内に棲む腸内細菌叢や腸管粘膜の形成に問題が生じ、腸管免疫から全身の免疫ババランスの不調が生じる、と多くの研究から明らかになっています。
7つめ、最後に挙げる要因は「環境」です。アレルゲンとする物質が多いところにいれば、あるいはアレルゲンを多く含むものを日常的に取り込むような生活をしているならば、当然、アレルゲンと触れる機会も多いわけで、これを減らす努力をすることも大切です。
各個人でもつ要因が異なることがアトピー治療を難しくしている
アトピー性皮膚炎は各個人ごとに、7つの要因をさまざまな分量や組み合わせで持つことによって発症している、と考えられています。 どれかひとつの要因だけで発症する人もいれば、複数の要因を併せ持つことで発症する人もいます。 患者一人ひとりが異なる要因をもち、炎症に至るメカニズムにも違いがある。 ガイドラインが示す治療を均一に行っても、簡単に治ってしまうアトピーと、ぶりかえすアトピーがあるのは、まさにこの違いがもたらしていることなのです。 炎症を招く要因の強さメカニズムの複雑さが患者ひとりひとり違うことにあるのです。
炎症には迅速な手当てが必要。だからステロイドが選ばれやすい。
本来、病気の治療は正確な診断と、原因やメカニズムの特定が肝心です。しかし、かゆみや炎症は放っておけばどんどん増幅し、患部は拡大してしまいます。 患者それぞれに異なる要因やメカニズムがあるアトピー性皮膚炎では、その解明を優先していては症状はどんどん悪化してしまいます。 命を奪うような病気でこそありませんが、患者のQOL(生活の質)は大きく損なわれ、学校生活や仕事にも影響してしまいます。 これを防ぐために、とにかく今の医学でわかっているかぎりの手当てを早急に行うことが最優先になります。
そこで登場するのがステロイドです。ステロイドは患部で炎症をもたらす分子の産生に関わる細胞の働きを強力に抑えます。 ステロイドが効いている間は患部での炎症分子の供給が止まり、炎症が炎症を招くサイクルも止まります。 炎症を導いている要因の強さが比較的小さかったり、要因が存在する期間が短い場合、今患部でおきている炎症さえ食い止めれば症状が治まってしまうことがあります。 このようなタイプのアトピーなら、ステロイドを塗ることだけで治ってしまいます。 患者は一気につらい痒みの連鎖から解放されます。 ステロイドは長期の使用による副作用は確かにありますが、その効果による恩恵は絶大なものがあるのです。 一方、炎症を起こす要因が抑えられない限りさまざまなメカニズムが複雑にかかわる炎症の場合、 一時的にステロイドで細胞の働きを抑えても炎症を招くメカニズム自体は止まっていませんから、しばらくするとふたたび炎症をぶり返してしまいます。
ぶりかえすアトピーで重要なのは発症要因への対処
ぶりかえすタイプのアトピーでは炎症を導く要因が消えずに働き続けていることを意味します。この要因が解消されないかぎりアトピー性皮膚炎は消えないことになり、要因の探求がいよいよ必要になってきます。 改めて血液検査や遺伝子検査の必要性が出てくるかもしれませんが、ここは医師による見立てで様々です。患者本人が希望してはじめて応じる医師もいます。アトピー性皮膚炎の個々の原因探求はあまり積極的にはおこなわれていないのが実情で、だからこそ、様々な治療法が存在する理由にもなっています。
【Column】 今後のアトピー医療と遺伝子検査
原因のつきとめにくいアレルギーの治療においては、今後、遺伝子検査が重要視されるようになると思います。的確な治療法や薬の選択、原因物質の除去が可能になりますし、何より原因探求につぎ込まれていたトライ&エラーの時間が大幅に短縮されます。ただし、遺伝子情報は「究極の個人情報」である、ということも忘れてはいけません。扱いや管理には充分な注意と配慮が要求されます。それは、病院側だけでなく、自分個人のデータ管理においてもそうです。医療データの管理体制の整備は今後、いっそう重要な課題になっていく、と思います。