2:掻き続けると皮膚は変わる

かゆみは異物侵入の危険性を知らせる警報

 「引っ掻き反射」は、人間に限らず、多くの動物にも見られることから、私たち生物がいかに体内への異物の侵入に警戒しているかがわかります。さらに引っ掻き反射を導く「かゆみ」という感覚についても、やはり異物侵入に備えた重要なシグナルであると言い換えることもできるでしょう。
 私たちがかゆみを感じるのは主に皮膚です。外界と直接接する器官である皮膚には、外の状況をすばやく察知するためのセンサーが無数に配置されていて、異物の付着や接触を知らせるような刺激をキャッチすると、神経を介して脳に伝わり、「かゆみ」と感じて引っ掻き反射という排除行動を導きます。

かゆみを伝える神経

 皮膚に配置されているセンサーは、実は「感覚神経」という神経組織の一部です。感覚神経は糸のように長い組織でその先端の一方は脳に接続し、もう一方は体の各部に向けて無数に枝分かれし、先端にセンサーを配して接続しています。皮膚のセンサーも感覚神経の末端部であり、その先は脳へと繋がっているのです。センサーがとらえた刺激は電気信号となって神経を伝わり脳で解析されますが、そのしくみのなかには、まだ解っていない部分も多く残されています。
 かゆみが認知されるしくみについてもすべてが解明されたわけではありません。しかし、これまで研究から感覚神経を構成するいくつかの神経線維のうちC線維とよばれる神経線維を介して脳に伝えられることが分かっています。C線維の末端にあるセンサーが拾った刺激が脳に伝わり、「かゆみ」となるのではないかと考えらています。

引っ掻き行為で痒みは増幅する

 「かゆみ」から導かれた掻く行為、すなわち掻破行動によって、無事、付着物が取れたとします。これで本来目的とする異物の排除は完了したことになるのですが、近年の研究で、この掻くという行為から、さらなる痒みが生まれ、かゆみが拡大するしくみがあることが分かってきました。
 C線維の末端には実はセンサーがあるだけでなく、神経伝達物質が格納されています。掻破による刺激は、C線維末端のセンサーを刺激するだけでなく、格納されている神経伝達物質を放出させることがわかったのです。この物質は、周りにある細胞を刺激して炎症をおこす物質を放出させたり、あるいはまた別のC線維を刺激したりして新たなかゆみを起こし、その範囲を拡大させます。このような痒み→掻く→さらなる痒みの悪循環は「イッチ スクラッチ サイクル」と呼ばれ、注意が促されています。前項でご紹介したように、掻くことでは快感も覚えますから、言ってみれば掻破という行為には中毒性があります。私たちは痒みの連鎖に陥りやすいといえるのです。たとえ皮膚に痒みを感じたとしても、そこに何もないのであれば、できるだけ掻かないほうがよい、というのが、現代の通説になりつつあります。

傷ついた皮膚組織ではC線維が伸びる

 痒みの悪循環に陥ってしまうと、ついつい私たちは皮膚を必要以上に掻いて傷つけてしまいます。傷ついた皮膚組織内では、壊れた細胞の成分が神経に作用し、神経線維を育てます。細胞が壊れた、ということは体を守るバリアが破壊されたことを意味しますから、異物や他の生物の侵入の危険性がより高まったと体は捉えます。すると、その箇所付近では神経が伸びてセンサーでその情報をいち早く拾おうとするしくみが発動するのです。
 本来、C線維末端のセンサーは皮膚組織のなかの、主に真皮層と表皮層の境界付近にある(1)とされています。しかし、繰り返し引っ掻かれた皮膚組織では、表皮層のなかの最も外側である角層のすぐ下まで神経線維が伸びているのが確認されています。この状態では侵入の情報は確かにすぐ拾えますが、ちょっとした小さな刺激も捉えやすくなり、いわゆる「敏感肌」と呼ばれる状態になります。

参考資料
鳴海クリニックホームページ
http://www.narumi-clinic.jp/muve.cgi?1=118