1:アトピーの原因究明はいま
多くのデータから炎症のしくみが分かり始めている
アトピー性皮膚炎に関する研究はこの20年ほどで飛躍的に進みました。以前は、かゆみや炎症を招く分子といえば「ヒスタミン」と考えられていましたが、現在はヒスタミン以外にもTNF-αや、ロイコトリエン、TSLPなど、多くの分子が作用していることが判明しています。
また、それらの分子を生み出す細胞の活動についても研究がすすめられ、大量のヒスタミンを放出するマスト細胞(肥満細胞)以外にも、好塩基球や、表皮のケラチノサイトなど、様々な細胞が炎症にかかわっていることが分かってきました。
アトピー性皮膚炎は皮膚だけでおきているのではない
多くの炎症物質や産生細胞が判明し、アトピー性皮膚炎の患部で起きていることが少しずつ明らかになってきた一方で、そのプロセスには、産生細胞以外の細胞や命令物質が複雑に絡み、最終的に体内環境を守るために働いている免疫細胞にたどり着くことが明らかになりました。アトピー性皮膚炎とは、皮膚だけで起きているのではなく、全身の免疫バランスが関わる疾患だったのです。
なかでも特に大きな発見は、私たちの体内で働く免疫機構のなかで侵入物との闘い方が異なる細胞群の量的なバランスに偏りがあると、免疫の働きそのものも全体に偏り、アトピー性皮膚炎やアレルギーにみられるような、過剰な炎症反応が起きる根本原因となる、というものです。いわゆる「Th1/Th2バランス」といい、免疫細胞のひとつであるヘルパーT細胞のうちの2種、「Th1細胞」と「Th2細胞」のうち、T2細胞が多すぎると、アレルギー反応が起きやすくなります。もともと提起されていた「衛生仮説」が「Th1/Th2バランス」の解明によって科学的に立証されたわけですが、これ以降、アトピー性皮膚炎以外にも多くのアレルギー症状のメカニズム研究を進展させました。
しかしながら、この大きな発見をもってしても、アトピー性皮膚炎にはまだまだ説明しきれない謎が残されています。Th1、Th2以外のヘルパーT細胞の存在や、Th2細胞とよく似た働きをするリンパ球の作用も発見され、ほかにも新しい細胞や分子が発見される余地が残されています。また、免疫機能の異常の他にも皮膚組織の形成に関わる遺伝子異常もアトピー性皮膚炎の原因となりうることが分かってきました。
ひとくちに「アトピー性皮膚炎」といっても、そこには様々な原因や異なる炎症ルートが混在していることが分かってきたのです。
全体として、アトピー症状とは「バリア機能の弱さ」と「免疫バランスの偏り」が合併したもの
アトピー性皮膚炎の炎症メカニズムに関する研究は現在も多く行われており、今後も新たな発見が続くと思われます。また人間の免疫のしくみには、まだまだ解明されていない部分が多く残されていて、新しい発見があればこれまでの教科書が一気に書きかわる可能性もあります。そうなれば、免疫のしくみと深く関わるアトピー性皮膚炎の理解についても大きな変更が行われるかもしれません。アトピー性皮膚炎の全容解明にはまだまだ時間がかかることが予想されます。
とはいえ、アトピー性皮膚炎という疾患を概念的にとらえるうえでの基本的なベースはほぼ確立されてきています。前述したように、アトピー性皮膚炎の炎症ルートの根幹には免疫細胞があり、「Th1/Th2バランス」が関わっていることははっきりしています。また、皮膚や消化器官の粘膜などの上皮組織のバリア機能が弱くなっていて、外部からの異物の侵入を許しやすくなっていることも確かです。アトピー性皮膚炎とは、おおまかに「免疫の異常」と「バリア機能の異常」が合わさったものであると言い換えることができるのです。
では、この「バリア機能の弱さ」と「免疫バランスの偏り」は、いったい何が原因で起きるのでしょうか。 これらについては、アトピー性皮膚炎に留まらない、ほかの様々な不調や症状の研究から得られた結果も踏まえることで、多くのヒントが見えてきています。 「バリア機能の弱さ」も「免疫バランスの偏り」も、人体を構成する様々な要素、そして人体の健康が維持されるために必要な様々な条件が、適度に揃うことで獲得できるものだったのです。